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ここちよいとは?

 ●ここちよいってなに?


ここちよい対談

まこと博士とまりちゃんの「ここちよい」をテーマとした対談です。まりちゃんの「ここちよい」についての疑問に、まこと博士がわかりやすく解説してくれます。




「ここちよい対談」メニュー

「身体のここちよい」と「心のここちよい」について
「身体のここちよい」と「心のここちよい」について 2
「身体のここちよい」を感じるには?
人工的なものは良くない!?
思い込みってなに?
思い込みをどうやって手放すの?





「身体のここちよい」と「心のここちよい」について

まりちゃん顔まりちゃん(以下、ま):「身体がここちよい」と感じていないものでも、「心がここちよい」と感じてしまうのは、どうしてですか?

まこと博士顔まこと博士(以下、は):簡単にいうと、みんな「身体がここちよい」という状態を知らないから、心で感じるここちよいものを、全てここちよいものだと思ってしまうんだよ。僕も昔はそうだったんだけど、たまたま僕は敏感で、身体で感じるここちよいに近づいていって、「あぁ、これが身体で感じるここちよいなのか」と知ったから。だから今まで、心で感じてここちよいと思っていたものの中には、身体ではここちよくないものがあるんだということに気がつけた。

まりちゃん顔ま:へぇ?。 その“身体のここちよい”と、“心のここちよい”の違いってなんですか?

まこと博士顔は:例えば、今いわれている癒しの音楽、ヒーリング系というものには、精神的には落ち着いて静かになる感じがするんだけど、身体で感じるここちよいは、身体が温まってきたり、ほぐれてきたり、ゆるんでくる。身体がゆるむから、心が楽だなーって思えるんだよね。だから、心で感じていることが全てではなくて、身体の影響というのは実は、ものすごく大きくて、その大きさは、体験してみないとわからないんだよね。

まりちゃん顔ま:どうして身体が感じるここちよさと、心で感じるここちよさに差ができてしまうんですか?

まこと博士顔は:厳しい質問だねー。なぜ差ができるかというと、心と身体が一体化してないから。自分が生きてるというのは、心だけが生きてると思いがちで、皆、自分の身体が生きているという感触を忘れてるんだよ。

まりちゃん顔ま:確かに!感情が出てくるとわかりやすいから、それが自分だと思いがちになるんですね。

まこと博士顔は:そう、情動的な部分が自分だと思いやすいけど、じゃあ身体で感じるって何?って言ったら、なんとなーく嫌な感じがするとか、なんとなーく寒いとか、なんとなーくざらざらした感じがするとか、そういう“なんとなーく”のメッセージが身体で感じるもので、その“なんとなーく”を、みんな気のせいだと思ってしまうんだよ。
 気のせいだと思い込んで、忘れることで処理してしまうんだ。それよりは、「有名な○×先生が言っているこれがここちよいんだ」と自分を納得させてたり。例えば、本にCDがついててさ、“これを聞けばついてくる!”とか、そういうご利益があるからとかで、選んでしまったり。

まりちゃん顔ま:そうですね、専門家が薦めているなら間違いないと思ってしまいますし、そう思っちゃうのも仕方ないような気がします。でもそういうのは実は、自分では本当にいいと感じていないのに、いいと言うんだからやろうと、ただやっているだけだったり。

まこと博士顔は:そう。で、そういうのは、“このおかげで〜でした”っていうおかげ話がいっぱい載ってるから、余計その気になってしまうんだよね。でも、その気になっているだけなんだ。それも、純粋にその気になれるんだったら、いいこともあるかも知れないけど、でも、意外と身体はそうじゃないんだよね。


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「身体のここちよい」と「心のここちよい」について 2

まりちゃん顔ま:じゃあ、自分の好きなアーティストの曲でも、実は、身体はここちよいと感じてなかったりすることも…。

まこと博士顔は:僕もずっと音楽が好きで聞いているけど、そういうのはいっぱいあるよ(笑)。自分は、この曲が好きだけど、身体で聴くには、ここちよくないなっていうのがね。

まりちゃん顔ま:へぇー!それは難しいですね。好きと思って聞いてて、心は楽しんでいても、身体に害を与えていることもあるんだぁ。

まこと博士顔は:うん。でも今は、ピューリフィケーターだとか浄化作用のあるグッズを使えば害は抑えられるから、そういう配慮をして聴く、配慮をして楽しむ、というのができるようになったね。

まりちゃん顔ま:じゃあ、心と身体の感じ方が一致することが一番望ましいんですね。

まこと博士顔は:そう。というか、皆もっと身体のことを思い起こせばいいんだよ。自分の感じ方に自信がないだけなんだよね。なんとなく感じていることが、自分にとってそれが本当なのかどうなのかがわからない。僕は、いろいろと研究する中で、延々とそういうのを体験していったからこそ、身体で感じることがあって、それが正しいと納得したから、わかるんだよね。

まりちゃん顔ま:自分に自信をもつ、かぁ。なんだか心のあり方が大事なようですね。ということは、身体と心に差ができてしまうのは、心が勘違いをしている状態ということですか?そう思い込んでしまっている?

まこと博士顔は:やっぱり思い込んでしまっているのは大きいと思うけど、その手の音楽を聴いて、精神的に静かな感じになるというのも確かなんだよ。逆に、刺激が強過ぎるものでも、良いと思っているものが往々にしてあるんだけど、あまり効果が強すぎる場合だと、お風呂上がりのようにふらふらしてのぼせちゃうような状態になることもある。身体の反応としては、それは全然ここちよくないんだけど、そういう刺激の強いものがいいものだと思い込んでしまうんだね。身体の反応というのは、さっきも言ったように“なんとなーく”な感じなんだけど、激しく反応があるから、そっちの方を信じてしまう。みんな身体の反応に対して、鈍感なんだ。身体が鈍感なんじゃなくて、身体が素直に反応していることに対して鈍感なんだよ。激しいメッセージが来ないと、身体で感じているとわからない。料理でいうと、すっごく辛いものとか甘いものとかしょっぱいものとか、味の極端なものを食べて、食べた気になっているのと同じなんだよ。

まりちゃん顔ま:過剰なのも身体にとってはよくないんですね。

まこと博士顔は:思い込んでしまっている状態の中には、精神的にいいだけの要素と、もう一つ身体に反応しすぎる要素があるんだよ。刺激が強いものでも効果がでるのは、なんでかというと、身体としては嫌なものをずっと浴びるから、その瞬間血流は止まったり、鈍くなる。で、それをやめると、身体が解放されるから、それで逆に血行がよくなったと感じるんだよ。

まりちゃん顔ま:えーなんだか怖いですね!!

まこと博士顔は:そう。だから、僕らがここちよいと薦めているCDは、聴いている最中にどんどん血流がよくなるものなんだよ。

まりちゃん顔ま:なるほど、ここちよい村で薦めているものは、身体がここちよいと感じるものだから、その感覚を信じれば、心でもこことよいと感じられるようになるんですね。


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「身体のここちよい」を感じるには?

まりちゃん顔ま:身体で感じられるようにするにはどうしたらいいんですか?

まこと博士顔は:一番手っ取り早いのは、僕がやっているイベントに来てもらって、自分の血流がどういう反応をしているかを目の当たりにみることだね。だって、水を飲んでも30秒くらいで血流が良くなるのがわかるし、チョコレートを食べたら悪くなるし、身体なんてものすごくリニアに反応しているんだから。
よく、「私は鈍いんです」っていう人がいるけど、本人は鈍いと思っていても、身体はちゃんと反応していて血流はすぐ変わるから、そういうのを見て体験してもらうことが一番いいかな。それが体験できないのなら、普段の生活の中で、身体の“なんとなーく”というメッセージを素直に拾ったらいい。この場所に行ったらなんとなーく嫌だなとか、この人としゃべってるとなんとなーく落ち着くなとか、そういうのを感じていくと、意外と共通したなにかが見つかってくるよ。

まりちゃん顔ま:身体の声に耳をすませて、素直に聞いてあげたらいいんですね。専門家が薦めているからいいはずと、情報だけを信じてしまう状態がよくないんですね。本当にいいかどうかは自分で実際確かめて、身体の声を聞いて判断する、と。

まこと博士顔は:そうそう。情報に依存する必要はまったくないんだよ。だって、皆何十年と自分の身体を生きているんだから、ある意味自分の身体のスペシャリストな訳。専門家がいいと薦めているものは、脳の働きを見てとか、部分でしかなくて、そういう知識だけのスペシャリストが、データだけを測ってアルファー波が出るとか言っても、そんなの脳にはよくても身体にいいかどうかなんてわからないんだ。今まで部分での概念はあったけど、身体全体で感じる概念は世の中にほとんどなかったんだよ。
部分ではなくて、本当にここちよいかよくないかを身体で判断できるようになれば、いいだけなんだよね。

まりちゃん顔ま:ほー、脳がアルファー波を出していても、ここちよくないものがあるんですか!やっぱり自分の身体の反応を信じるしかないんですね。

まこと博士顔は:だから、これを読んでいる人も僕たちを疑ってもいいわけ。他のものを疑うように、疑ったらいいんだと思うよ。ただ、自分の身体を信じると言っても、いろんなことを頭で考えて、思い込んでしまっている人は、結局素直に感じられないから、失敗することもあるんだよね。だから、まずはやっぱりここちよいということを血流を見ながら身体で体験してもらうことが一番かな。今までいろんなものを血流計を見ながら試してみたけど、有名な○×さんが作ったいいものっていうのは、あんまり血流は良くならないんだよ。


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人工的なものは良くない!?

まりちゃん顔ま:血流が良くなるものと、悪くなるものの違いはなんですか?

まこと博士顔は:今の所の推論では、身体というのは生命で、生命ってことは、自然そのものなんだ。人間は人工では出来ない。それで、自然なものというのは、どうやら自然なものにいい反応をするらしく、人工的なものを浴びせたり、身につけたりするのは、身体にとっては攻撃みたいに感じてしまう。だから、不自然なものほど身体は身構えるし、嫌がるし、血流は悪くなる。自然なものほど、身体はいい反応をするんだ。だから、布でも綿や麻のものは血流がよくなる。ただ、綿でも人工的な塗料を使って染めていたり、人工的な薬品で脱色したりしていると、逆に悪くなる。じゃあ、人工的なものがなにかというと、知識だけによって作られているものなんだよ。

まりちゃん顔ま:CDにも自然なものと、人工的なものがあるんですか?

まこと博士顔は:あるよ。CDだと今度は作る人が自然かどうかが大事になってくるんだ。作る人が、何Hzの音を入れたら脳にいいとか知識だけで人工的に考えて作っているものはよくない。逆に、作る人が、すごく素直に楽しみながら音楽をやっていれば、その分血流もよくなる。だから、ものというのは、最終的に作り手を含めてものになってしまうんだよね。そういう感情や思いのことを、僕たちは“情報”と言っているんだけど。

まりちゃん顔ま:作り手の思いがCDに入ってしまうんですね。じゃあ、何Hzが脳にいいということを考えている人でも、本当にいいものを作ろうと聞く人のことを考えてやっていれば、大丈夫なんですか?

まこと博士顔は:そう、素直にやってればね。手法としてならいいんだけど、その手法も効かそうと思ってやたらめったらいれちゃうと不自然になるからね。

まりちゃん顔ま:むずかしいですねー!

まこと博士顔は:だから本当に、ここにこの音が入ったらいい、とか、自然な成り立ちの中で入っているものに関してはいいんだよ。

まりちゃん顔ま:動機が不純でなければいい、と。素直に良くしてあげたいと思っていたらいいのかぁ。

まこと博士顔は:素直さと、思い込みの度合いが少ないことが大事だね。

まりちゃん顔ま:そういう時の思い込みとはどういうものですか?

まこと博士顔は:さっきの何Hzが脳にいいんだと思っている人や、自分ができていると思ってる人だね。周りにちやほやされちゃったりして、自分はできると思い込んじゃっている人はよくない場合が多いね。

まりちゃん顔ま:そうすると、やっぱりどんなことでもその人の心の状態というのが凄く大事になってきますね。

まこと博士顔は:そうだね。どんなことでも、それを作っている人の心の状態が必ず情報として含まれてしまう。

まりちゃん顔ま:なるほど!それに身体が反応して、いいと思ったり、嫌だと思ったりしているんですか。

まこと博士顔は:とどのつまりはそういうことだね。物理的な素材の良し悪しというのと、そこに付随してくる作り手の情報の良し悪しが出てくる。

まりちゃん顔ま:思い込むということは、ちょっと怖いことなんですね…。

まこと博士顔は:思い込みがあるかないかで全然違ってきてしまうね。


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思い込みってなに?

まりちゃん顔ま:どうして人は、思い込んでしまうんでしょうか。

まこと博士顔は:たぶん、思い込むことによって、自分を維持するエネルギーにするんじゃないかな。何かをする時に、思い込んでないとできないと人は思っているはず。思い込みによって自分で自分を補強する感じかな。

まりちゃん顔ま:必ず皆思い込みによって、生きているものなんですか?

まこと博士顔は:ほとんどそうじゃないかな。善かれ悪しかれ思い込んでると思うよ。逆に、思い込みがない状態がどういうものかというと、常にサラサラと思いが変化している状態で、自分が間違っていたら自分を否定して、新たな領域に入っていく人。どんどん進歩していく状態。思い込みというのは、維持する横のエネルギーで、思い込みがないというのは、上へ進歩していく縦のエネルギー。

まりちゃん顔ま:なるほどー。自分がこうだと思ってやっていても、もし違う意見の方が正しいと思ったら、素直にそれを受け入れる人…

まこと博士顔は:自分で気がつける人だね。

まりちゃん顔ま:じゃあ、常に素直な心の状態になっていればベストなんですね。

まこと博士顔は:そう。でも素直になるというのは、怖いことだからね。素直になることで傷つくかもしれないとか、失うものがあるかもしれないとか、こう思われるかも知れないとか。でも、本当は素直になっても無くなるものなんてなにもないはずなんだけどね。自然界って常に移り変わっていくじゃない?季節があって、植物が成長して、還って、また種ができて、常に死んで生まれるサイクルで。でも同じ草木は変わらず同じ草木で育っていく訳で、たぶんそうやって生まれて死んで変化していく存在なんだと思うんだよ。ただその種類は変わらない。人間も同じで、常に変化していってもその人自身は変わらないんだよ、本当は。

まりちゃん顔ま:そうですね。それが思い込んで、これが自分だーって思ってると、変われないし、進化していけないんだ。じゃあ、なんのために人は進化するんですか?

まこと博士顔は:たぶん、幸せになるためじゃないかな。幸せだと感じるようになっていくために進化していくんだと思うんだけど、進化をするというのは、凄い人になるとかそういうのではなくて、どんどんシンプルな人になっていくこと、単純で素直な人になっていくことなんだと思うんだよ。そういう人がより幸せを感じられるようになるんだと。複雑であったり、維持していくために、いろんなものを手放さずに持っているほど、意外と幸せではないのかも知れない。

まりちゃん顔ま:持ちすぎちゃうと鈍ってしまうのかもしれないですね。大事なものをひとつ持っているだけで充分なのに、持ちすぎちゃってそれが大事だとわからなくなってしまったり。

まこと博士顔は:それで、手放す恐怖というものがあるでしょ。恐怖があるから、逆に手放せなくなって、どんどん荷物を背負っていっているんだよ。どんな逆境の中においても、シンプルな人はシンプルに乗り越えていけるんだよね。


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思い込みをどうやって手放すの?

まりちゃん顔ま:手放すというのは、思い込みを、ということですよね。で、人はどんどん変わっていくから、思いが変わっても当然だし、あの人のことを好きと思っていても、嫌いになっていくのも当然のようにある。なのに、そこでその人のことを嫌いになっていく自分を恐れたりとか、好きでいようとしてしまうことによって、自分で好きなんだと思い込んで、その気持ちに依存してしまうんですね。

まこと博士顔は:うん。だって、もしそんな状態だったら、事実は好きじゃないという気持ちがあるわけで、その事実以外はないんだよね、本当は。ところが、それを失うのが怖いとか複雑な要素を用意することで、自分の気持ちを複雑にしてしまうんだよ。

まりちゃん顔ま:そうですね。どんな問題でも、事実は一つしかないんですね。

まこと博士顔は:それで、そういう部分で自分を複雑にしていると、他の物事に対しても複雑に反応するようになってしまう。

まりちゃん顔ま:そっか、思い込むのではなくて、思う。で、その想いに素直に行動する、と。

まこと博士顔は:今自分の中にある思いというのは、実はそんなにたくさんある訳じゃなくて、それを突き詰めていく作業をせずに、ずっと自分自身をごまかし続けると、進歩できずに留まっちゃうんだ。また、思い込むというのは、自分に何もないと思っているところから始まってるんだよね。それを手放したら、何も無くなってしまうとか。でも、手放したって残るじゃない、自分の中にはこれまでの経験なり、情報なりはあるわけで。

まりちゃん顔ま:そっかぁ、思い込みをはずして、わかっていく、進歩していくことが幸せへの第一歩なんですね。今感じている幸せは、思い込んでいるだけの幸せかも知れないし。

まこと博士顔は:そう、まずは、自分の中のどれが思い込みの部分かを見つけること。見つけたら手放すこと。

まりちゃん顔ま:素直に、あぁ今幸せだなーと思うことかぁ。これも「なんとなーく」の実感でしかないのかもしれないですね。

まこと博士顔は:思い込みかどうかを判断するのは、今の自分から感じる気持ちからしかなくて、こうしたいなーとか幸せだなーとか思う何かで、ポンっと浮かぶもの、それだけ。思い込んでいるものというのは、こうしたいと思う気持ちの裏にこれがあった方がいいとか、こうしないと不安だからとか、必ず裏がある。

まりちゃん顔ま:なるほど!打算があるかないかですね。自分の出てくる思いに打算があるかないかを考えて、自分を見つめ直していったら、どれが思い込みによるものかがみつかるんですね。それを手放していけば、どんどんシンプルになって、幸せを感じられるようになると。幸せが分かってくるという感覚ですね。

まこと博士顔は:そうそう。幸せは向こうから飛んでくるものではなくて、自分の中から見つけるものなんだよ。

まりちゃん顔ま:もともと持っていた幸せがわかってくるんですね。

まこと博士顔は:そうだね、自分がおかれている環境とか、状態が、あぁこれは本当に幸せだったんだなと思い起こせるんだよ。


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